2022-6-20

海と生きる 祈りの半島

大畑 彩美(一般社団法人くるくる佐井村職員)佐井村在住プロフィール

「まさかりの刃」にあたる下北半島西部に位置する佐井村。その最南端にあるのが人口100人ほどの集落・牛滝地区だ。海風がゴーゴーと吹き荒れ、辺りに雪が積もる真冬の夜、牛滝地区の小さな神社に男性たちが続々と集まってくる。

車座になった男性らの前に運ばれるのは、白米と豆腐のすまし汁、ゼンマイの辛し和え、たくあんの4品を載せたお膳だ。当番の男性の「それでは皆さん、お箸をお取りください」との声を合図に、男性らはものすごい勢いでご飯をかっ込み、「めぇしぃ~!めぇしぃ~っ!!!」と大絶叫。箸で椀をたたき、お代わりを催促してはご飯を食べまくる。しまいには額に汗をにじませ、顔を真っ赤にしながらも食べては叫び、叫んでは食べる。いつしか神社はにぎやかな笑い声に包まれる。

これが牛滝地区に江戸時代から続くといわれる奇習「おこもり」だ。大漁や無病息災を祈る行事だという。私が初めて見たのは2016年のことだった。当時、青森県の地方新聞社に勤務し、佐井村の取材を担当していた私は、すさまじいエネルギーがぶつかり合う様に圧倒されながら、必死にカメラのシャッターを切った。夢中になりすぎて息をするのを忘れたのか、取材が終る頃にはクラクラしたのを覚えている。

それから3年。人生とは実に不思議なもので、私は牛滝地区の漁師と結婚し、会社員を辞めて佐井村に移り住んだ。そして、2019年の「おこもり」で地区の一員として準備に携わることになったのだ。

マダラ漁

「おこもり」は毎年、12月15日と1月15日に行う習わしだが、ちょうどマダラ漁の最盛期。出漁する男性はもちろん、女性たちも食事の準備やらハマでの荷捌き作業やら大忙しとなる。

そのため「おこもり」の準備は数日前から当番の女性たちが何度も集まり、少しずつ進めていく。海模様を気にしながら、ハマの仕事と両立させなければならないのは想像以上に大変だ。自分も経験させてもらえたことで、脈々と伝統行事を守ってきた地域の人たちに頭の下がる思いがした。

海の記念日

真冬の「おこもり」は牛滝地区ならではの行事だが、毎年7月20日に佐井村内7つの港で行われるのが「海の記念日」行事だ。色とりどりの大漁旗を飾り付けた漁船群が出港し、海上で神楽を奉納する。類似の行事は大間町や風間浦村などでも見られる。海と共に生きてきた下北半島だからこそ、大切な人の無事を祈ったり、大漁を願ったりしながら、小さな集落単位でさまざまな伝統行事や伝統芸能を大切に守ってきたのではないかと、ふと思わされる。

牛滝神明宮春祭り

今春は神楽をいくつか取材した。4月16日の牛滝神明宮春祭りでは、神楽が各家で角打ちを行いながら牛滝地区内を一日がかりで回った。神楽を導く「ささら」がいるのが特徴で、ささらを担ったのは5年前に高校卒業と同時に岐阜県から移住した家洞昌太さんだ。佐井村が漁師志望者を全国から募り、独立に向けて支援する「漁師縁組」制度を利用し村にやって来た一人だ。今では漁業の担い手としてだけではなく、地域の担い手として成長し、村の希望となっている。

福浦稲荷神社春祭り

牛滝地区の隣の集落・福浦地区では130年以上に渡って漁師らが全国でも珍しい漁村歌舞伎「福浦の歌舞伎」を伝承してきた。例年、4月10日の福浦稲荷神社春祭りに合わせて上演してきたが、コロナ禍で3年連続で歌舞伎は休止となった。だが、今年は稲荷神社を中心に神事や神楽が行われ、地区の人々が大漁や地区の安全を祈っていた。

福浦の恵比須様

じつは4月10日のたった5日前にも、福浦漁港の近くで神楽を舞い、祈る人々の姿があった。小高い山に佇む赤い鳥居とその先にある祠は、恵比須様を祭っているそうで、毎年4月5日に神楽を奉納するという。4月10日はこれまで何度か取材したことがあったが、恵比須様は今回初めて知り、下北のディープさに改めて驚いた。

「祈りの半島」ともいえる下北を訪ねるとき、あなたが偶然すれ違う、一見どこにでもいそうな漁師がじつは勇ましい神楽振りだったり、お囃子の名人だったり、あるいは歌舞伎役者だったりするかもしれない。ほっかむりをした女性は知る人ぞ知る手踊りの名手かもしれない。海と共に生き、地域の伝統を守ってきた下北の人々の風情を少しでも感じてもらえたら嬉しい。

\ この記事の著者 /

大畑 彩美(おおはた・あやみ)

一般社団法人 くるくる佐井村 職員

佐井村在住

福島県会津若松市出身。
大学進学を機に青森県と縁ができ、青森県の地方新聞社に入社。下北地域で勤務し、佐井村の漁師と結婚。2019年春に佐井村へ移住し、現在は地域おこしを目的として佐井村品の通販や情報発信等を行う(一般社団法人)くるくる佐井村に勤務する。主に村民有志とともにホップ栽培やクラフトビールの企画販売に奔走している。

■日本で最も小さくかわいい漁村 青森県佐井村
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■青森県佐井村 あおい環プロジェクト(Saiツーリズム)
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