2022-12-20

木野部海岸物語

坂井 隆 (しもきたTABIあしすと 事務局長) むつ市出身プロフィール

木野部海岸汀線

むつ市大畑町の国道279号線赤川台駐車帯から眼下に望む木野部(キノップ)海岸汀線は、緩やかな曲線を描きながらその終端を東方に伸ばしている。遥かその向こうには、林立する東通村尻屋周辺の風力発電施設が見える。
この穏やかな木野部海岸の景観が、議論と葛藤から生まれた産物であるということを、また、グッドデザイン賞金賞と土木学会最優秀デザイン賞を同時に受賞したということを、ここを訪れる人々の多くは知らない。

キノップとは、アイヌ語で「カヤを刈るところ」という意味で、人々は長きにわたり、海に寄り添うようにその暮らしを紡いできた場所である。
しかし、いつしか市場経済や大量消費の波に飲み込まれ、海岸整備が進むにつれて、豊かな海の記憶とサステイナブルなその暮らしは忘れ去られようとしていた。漁獲や安全のための構造物が、実は磯の消失を促し、生態系を変え、人々を海から遠ざける原因のひとつになっていたことに、海に暮らす人々なら気づいていたはずだが、消えていく未来をただ茫然と眺めるだけの日々が続いていた。

そんな状況の中で、「木野部海岸・心と体をいやす海辺の空間整備事業(事業主体:青森県)」が降ってきた。この事業は、ほぼ半世紀ぶりに大改正された新海岸法に沿って、地域の声に耳を傾け、環境と利用を前提とした海岸改修を実施しようというものだった。
しかし、結果としては、既存の公共構造物を解体して全く違う形に作り直すという掟破りを実施することとなり、それを地域住民の意思で実現させたことで、公共事業の在り方に一石を投じたと民放キー局で大きく取り上げられた。
掟破りというのは、直前の姿がこうだったからである。

海岸改修前は緩傾斜護岸が設置されていた。

簡単に説明すると、公共事業で一旦整備されたものの、地元では不評だったこの緩傾斜護岸(勾配を緩やかにして親水性を高めた護岸)を撤去し、その部材を基礎材として再利用しつつ、自然石をランダムに並べ、消波堤という名の「磯」を築造したのである。
1999年からこの事業にNPOの立場で関わってきたが、この非常識な事業を、皆の合意により実施するに至ったそのプロセスは、通り一遍の説明会等とは異次元の真剣な激論の連続であったことは言うまでもない。

千載一遇の機会を得て、人々の中で消えかけていた豊かな海の記憶が蘇りはじめた。やがて、議論は深化を続け、事業そのものが頓挫しそうになる程の激論を経て、皆が持ち寄ったセピア色の写真の背後に写る豊かだった時代の磯を取り戻す、という一点で合意が成立し、前代未聞の事業が動き出した。
自然と同化させることを最優先に、試行錯誤を重ねながら工事が進められ、やがて自然の磯と見紛うような「磯」が姿を現した。美しい海岸は、人の暮らしに潤いや安らぎ、時には感動さえも与えてくれる。
しかし、海に暮らす人々に必要なことは、ここで生きていけるのかどうか、それだけである。そして、彼らが激論を戦わせ、再生させたこの「磯」は、彼らの誇りであり、生きるために守るべき地域の宝となっている。

ふのり採りの様子

整備から既に20年が過ぎ、「磯」は期待した消波機能と養浜機能を維持しつつ、小さな生物達を育み続け、地域の経済にも貢献している。
紆余曲折を経て安住の地を得た石たちは、微妙に動きながら大波を受け流すように消していく。これまで幾度となく、台風や高潮の洗礼は受けてきたはずだが、多くの石たちは「磯」の中に留まり、その役割を果たし続けている。
夏には、近くの下北自然の家から降りて来る子供達の歓声が響き、昆布干し場の向こうにはウニ漁の小舟が揺れる。冬には、寒風をものともせず、手際よく布海苔を採る人々の逞しい姿が見られる。この何の変哲もない海岸に、こんな物語があったということを、是非知っていただきたい。
なお、この物語は、この地で人々と自然が織りなしてきた壮大な物語のほんの一瞬を切り取ったに過ぎない。遙か縄文の時代から、鮪漁で賑わった明治期を経て、連綿と続いてきたその物語は、風と波と海を守る人々によって、これからも綴られていくはずである。

コロナ禍を経て観光が変わろうとしている。体験型観光の次のステップは何か。その場所に暮らす人々と、同じ風を受けて、同じ時を過ごし、感動や涙を共有するとともに、時間軸の発想をもって、その場所がそうであることの意味を理解し、自らがその物語のキャストのひとりになることこそ「光を観ること」ではないか。もし、この海岸で、地域の人々に出会ったなら一声かけて欲しい。そこから物語は新しい展開を見せるかも知れない。新たなキャストの登場によって。
興味のある方、また、現地で私の説明を聞きたい方は是非ご一報を!!

\ この記事の著者 /

坂井 隆(さかい・たかし)

しもきたTABIあしすと 事務局長

むつ市出身

むつ市出身。
地方公務員退職後、2019年一般社団法人しもきたTABIあしすと事務局長就任。
NPO法人サステイナブルコミュニティ総合研究所の活動も20年以上続けている。

■しもきたTABIあしすと
・ホームページhttps://shimokita-tabi.jp/

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