下北半島の中でも、最も奥にあるのが佐井村。基幹産業は漁業で、7つの漁港では、タイ、ヒラメ、カワハギ、イカ、タコ、サケ、マス、ソイ、メバル、アイナメ、タラ、カレイ、ブリ、サバ、ウニ、コンブにワカメにヒジキにモズク、その他にも様々な魚種が水揚げされる。魚の味ももちろん抜群で、豊かな海であることは誰もが認めるところだ。
一方で、交通アクセスが悪いことも誰もが認める。最寄り駅まで90分かかる。魚が水揚げされてから消費地に届くまでに時間がかかって、他の産地より鮮度では負けてしまうことは否めない。
そのハンデキャップを克服するために取り組まれているのが、「活締め神経抜き」の処理だ。魚の神経を除去することにより、魚の劣化を遅らせ、新鮮な魚と同じ状態を長期間保つことができる。活締め神経抜き処理をされた佐井村の魚は、青森県内や関東方面はもちろん、沖縄まで出荷され、料理人から高い評価を得ている。
佐井村で活締め神経抜き処理の取り組みの中心を担っているのが、佐井村漁協の福田忍さんだ。村では、活締め神経抜きをマスターした仕事人を「魚〆師」と呼ぶ。
「スパイクとワイヤーがあれば、どの魚でも神経抜きができる。」
と語る福田さんが使うのは、T型で先端がとがったスパイクと、細いワイヤーだ。今回は生きたアイナメを活締め神経抜き処理して見せていただいた。
最初に、神経を抜く前の「血抜き」処理を行う。エラと尾に包丁を入れた後、水槽に入れて10分から15分置く。すると、魚の体内の血が抜けた状態になる。次にスパイクを魚の脳天に刺し、そこからワイヤーを入れて神経を抜き取る。その後、氷水に入れて冷やしてから箱詰めし、出荷する。処理された魚は、誰がいつ処理したかを示すタグが取りけられて出荷される。
一口に神経抜きと言っても、いい状態の魚を選ぶところから始まり、丁寧に手順を踏んで、時間をかけて行われる一連の職人技だ。最近は釣具店でも「神経抜きキット」のような簡単に使える道具も販売されているが、素人が施した処理と、〆師が施した処理は、魚の状態がまるで違うといっていいだろう。
「きちんとした仕事ができているかどうかは、見ればわかる。」
と福田さんは語る。まずは神経を抜く時の魚の色。ワイヤーを魚の体に入れて神経を抜くと、魚の体の色が変わる。体全体が一気に白っぽくなり、時間とともに鮮やかな色になっていく。タイなどの色鮮やかな魚であれば特にわかりやすい。
魚をさばいてみると、さらに違いが明らかになる。特に血抜きの工程がきちんとされている場合、身がきれいで、カワハギなどは肝も真っ白になっている。逆に血が抜けきっていない場合には、赤い線があり、においでもわかる。下手な仕事の場合、神経抜きに失敗し、ワイヤーが神経を捉えきれず、違うところに刺さって、身を傷つけてしまっている場合もある。
活締め神経抜きされた佐井村の魚は、沖縄まで届けられる。福田さんも、実際に沖縄まで視察に足を運び、ホテルの料理人とともに神経抜きした魚を実際に食べてみたことがある。その時に使った魚はタラ。タラは特に劣化が早いと言われる魚で、村を発送して5日経過していた。それでも、刺身で問題なくおいしく食べることができ、料理人たちをうならせた。
現在、神経抜きをした魚は、料亭やホテルなどへの直接出荷が中心。魚の価格は、何も処理していない魚の倍の価格で取引される。魚を使う料理人から、高いお金を出しても使いたいという評価を得ている。また、神経抜き処理した魚は、正しい方法で保存すれば、熟成され、長い間おいしく食べることができる。料亭などでは、大きい魚を仕入れても、持て余して、残った部分を捨てざるをえない場合がある。神経抜き処理した魚であれば、日持ちするから、時間をかけて全部使える。だから高い魚でも逆に経済的だ。
福田さんは地元の高校を卒業後、18歳の時から35年間、漁協で働いている。本当は、学生時代にやっていた陸上を続けられる職業に就きたかったが、病気の父の面倒を見るために地元に残った。好きで始めたわけではない漁協の仕事だが、福田さんのお人柄が漁師との距離をなくし、次第に信頼を集めるようになった。
漁協は漁師のためにある。そして、漁師は漁協を盛り立てる。これが基本的な漁協の在り方だ。だから、漁協職員は、漁師の生活向上を常に考えている。
「漁協の取り組みは漁師にメリットがないと意味がない。神経抜きの処理も、忙しくてそこまで手が回らないという漁師が多いので漁協でやっている。漁師には生きた魚を出荷してもらうことで、高く買い取るという形で還元しています。」
と福田さん。
神経抜き処理をする以前に、魚がいい状態でなければならない。生きている魚でなければ締める意味がないのは言うまでもないが、ストレスなく元気な魚であることがベストだ。漁師と密接に連携し、いい状態の魚を漁協が買い取る。それに神経抜き処理を施し、高い価格で販売する。料理人はよい魚が手に入る。誰もが喜ぶ仕組みだ。
将来的には、漁協ではなく、漁師が自ら付加価値を高めるために神経抜き処理に取り組む、または、村内の水産会社が主導して神経抜き処理した魚を売り込む形が理想的だと考えている。
活締め神経抜きの取り組みは、2012年に始まった。漁協職員や漁師が集まり、青森市で先進的に魚の活締め神経抜き処理に取り組む、塩谷魚店の塩谷孝氏らを講師に招き、講習会が開かれた。当時を思い出して、福田さんは語る。
「最初は、何が神経抜きだ、ってけんかしたよ。」
魚を市場へ毎日出荷している立場から考えれば、魚に穴を開けてワイヤーを入れる神経抜きの処理は、魚を傷物にしているのと同じ。市場から低い評価を受けることを恐れたのだ。しかし、議論を重ね、取引する業者からも、いい処理をすれば買う、と後押しを受けたことで取り組みが始まった。
最初にけんかをした相手とは今では仲間となり、東北地方や北海道で活締め神経抜きに取り組む人たちで「北日本神経〆師会」を結成した。〆師会では、定期的に、魚の処理に関する勉強会や交流会を開催している。
最初は否定的だった福田さんも、現在は強い手ごたえを感じ、活締め神経抜きの取り組みの先頭に立つ職人になった。
「なかなか手が回らないですが、品質の良い佐井の魚を、これからもどんどん広めていきたいと思っています。」
と語る福田さんは、背が高く、手も大きい。大きな手で繰り広げられる繊細な活締め神経抜きの技が、佐井村の海の活性化にこれからも貢献する。