青森県を代表する海産物の一つ、なまこ。陸奥湾の各地でなまこが漁獲される。その中でも産地として特に有名なのが、横浜町だ。県内では「生で食べるなら横浜なまこが一番」と認知されている。「横浜なまこ」は、2015年に地域団体商標登録が認められた。なまことしては全国で唯一登録されている地域ブランドだ。
この横浜なまこブランドを、横浜町漁業協同組合の組合長としてリードしているのが、二木春美さん。
「なまこっていうのは、横浜の漁師にとっては誇りだ。他の地域の人からも、横浜のなまこが一番だ、他とは比べられないという声をたくさんもらっている」と話す二木さん。
横浜町のなまこ漁は、なまこの生態系を守るために、1年のうちでも年末のたった3日間、1日1時間の合計3時間しか行われない。横浜の海が、漁師に与えてくれる宝ものだ。
横浜町の漁師はホタテ養殖に取り組む漁師が多い。ホタテ養殖は一年を通じて仕事があり、二木さんも普段はホタテ漁師。そして、漁師であると同時に、町でも有数の農家でもある。大手製菓企業と契約栽培で生産するジャガイモをメインに、菜種、ナガイモ、ニンニクなども手掛ける。
若いころ、農家を志して、農業学校を卒業した。父も漁業と農業の両方に取り組む半農半漁で仕事をしていた。いよいよ家業を継ぐ、となったときに、同じ青森県内でホタテ養殖が活発になり、二木家でもホタテをやろう、と決めた。それ以来、ホタテ養殖もジャガイモ生産も、40年にわたって、二木さんは地元の一次産業を引っ張る存在だ。
「海の仕事も畑の仕事も、自然によって左右される。はじめた頃は、自然の声がわからず何度も失敗した。畑だったら菜の花の生育状況を見て翌年の肥料の量を変える、海だったら養殖の設備に入れる貝の量を調節する、1つ1つ勉強してやっと今がある。」
二木さんは、常に陸奥の自然と向き合い続けいている。
横浜町のなまこ漁は、年末の3日間、1日1時間の3時間だけ。限られた時間で、どれだけ獲れるか、漁師の腕くらべ。二木さんは、それを「オリンピック」と表現する。
年末の風がおだやかな日、まだ夜も明けきらぬ横浜漁港。決められた漁場に、90艘もの漁船が集まる。漁の開始を告げるけたたましいサイレンの音が鳴り響くと、なまこを獲るための小型底引き網「桁網」が一斉に投入される。船が数分ほどゆっくり進んで、網をあげると、海底の泥となまこが船の上に広げられる。船の上でなまこを選別しながら、また網を入れる。再びサイレンが鳴って、一斉に漁を終え、船は港に戻る。漁師たちは、そのたった1時間の漁獲量を競い合う。
海でのオリンピックが終わると、今度は陸が大騒ぎになる。
漁師たちは、なまこを満載にした軽トラで集荷場に大行列を作る。
ドライブスルー方式で漁協職員と伝票を受け渡し、なまこを出荷する。出荷されたなまこはそのまま大型トラックに積み込まれて運ばれていく。
3回だけのこのオリンピック行事が終わると、漁師はようやく静かに正月を祝う準備に入る。
なまこは、小さくて若いものほどやわらかくて美味しいと言われている。
横浜なまこは、横浜沖の独特の地形によって、やわらかく美味しく育つ。
また、この時期のものは、厳しい寒さによって身が締まり、荒波にも揉まれ海底に叩きつけられることで、より一層やわらかくなり、絶妙な歯ごたえになる。
その秘密は横浜の海にある。
横浜町がある陸奥湾東部は、海底に遠浅の石場が広がっている。なまこは小さいときに浅場で暮らし、成長に従って深場に移動するので、遠浅の横浜沖では小さめのなまこが獲れる。また、海底の石と海藻がなまこの隠れる場になり、ストレスなく育つと言う。
「なまこがなければ、正月を過ごすことができない。」
正月に旬のなまこを刺身で食べるのが、横浜の人の楽しみの一つ。味付けは、しょうゆ、ポン酢など、それぞれ家の味で。みりんなどで作った調味料に少し漬け込んでおくのもよい。シンプルに食べるのが一番だ。
一工夫するとしたら、二木さんのおすすめは「お茶漬け」。2017年の町のなまこフェアで考案された料理で、大好評だった。なまこをダシにくぐらせることによって、硬すぎず、やわらかすぎず、絶妙な歯ざわりになる。お酒を飲んだ後には、たまらない。
昔はもっと獲れたなまこが、一時期、がくっと獲れなくなった。
それ以来、漁師たちは、資源管理には特に注意を払って、なまこを大切にしてきた。漁獲量はあらかじめ計画し、獲りすぎないようにしている。なまこを獲るエリアも決め、禁漁区も定めている。なまこを獲るための漁具「桁網」も改良した。改良といっても、生産性向上のためではなく、海の環境を守るため。だから改良によってなまこは逆に獲りにくくなった。他にも海底をかき回すための鎖を小さくするなど、横浜の漁師たちが一体となって環境保護に取り組んできた。
これらさまざまな取り組みが、「横浜なまこ」ブランドを育んでいる。
横浜のなまこを次世代に繋いでいく、その想いは二木さんはもちろん、横浜の漁師みんなの願いだ。1年に3時間しか漁をしないのも、なまこを大切に想うからこそ。
「若者には、新しいことにもどんどん挑戦してほしい。そして、畑では土を大切に、漁では海を大切にしてほしい。」と、二木さん。その言葉には、未来を担う若者たちへのエールとすべてを包み込むような優しさを感じる。厳しい陸奥の自然に向き合い続けてきた二木さんの手は、グローブのようなごつごつした強さがあり、それでいて、どこか暖かく優しかった。