下北へ向かって、国道279号線を北上すると、ひときわ印象的な看板が目に付く。
「湧水亭 北の頑固どうふ・卯の花ドーナツ」
大きなお店ではないのに、車がひっきりなしに出入りする。おしゃれな和風の店で、敷地内にある工場で製造したとうふを消費者に直接販売している。こだわりのとうふや、とうふから作った惣菜が並び、奥にはイートインスペースもある。
湧水亭の一番人気となっているのが、「卯の花ドーナツ」。卯の花とは、とうふを作るときにできる大豆のしぼりかす、おからのことだ。この卯の花ドーナツ、湧水亭では普段、1日に2000個を販売する。5月、ゴールデンウィークから菜の花フェスティバルにかけて観光客が増える時期には、なんと1日で8000個から9000個も売れる。下北に住む友人は、「青森に出かけると、帰りにあそこのドーナツを買いたくて、営業時間に合わせて移動時間を決めてしまうんだよね」などと話していた。どうしても立ち寄りたくなる場所なのだ。
「ドーナツは、うちのメイン商品『頑固どうふ』のおからと、他の種類のとうふのおからをミックスして作っています。濃い豆乳のおからと薄い豆乳のおからを程よく混ぜないといけなくて、配合は難しいですね。試行錯誤して、質の良いおからを使ってドーナツを作るようになったら、人気が出てきましたね。」
こう話すのは、湧水亭社長の小川紀さん。父の跡を継いで、とうふ作り、ドーナツ製造、接客販売まで、店を切り盛りしている。
ドーナツも人気だが、湧水亭のメインの商品はとうふ。中でも、こだわりぬいて作られているのが「頑固どうふ」だ。豆の味がしっかりとする、おいしいとうふ。原料は国産大豆と、海水からできた天然の本にがり、そしてこの場所の湧き水である。
「本にがりを使ってとうふを作るのは難しくて、豆乳を作る工程、温度、かき混ぜるやり方、どれを失敗してもできないんです。こだわり、というか、1つ1つにこだわらないと商品にならないんですよ。」と小川さんは話す。
頑固どうふを作りはじめたのは、紀さんの父の勇さんだ。実は、昭和の食品業界では、とうふは安い大豆で作るのが当たり前だった。湧水亭の前身である小川豆腐店でも、輸入大豆を使ってとうふを作っていた。しかし、勇さんは、おいしいとうふを作りたいと思い立ち、原料を厳選し、本にがりを使った商品を作り始めた。
ところが、スーパーや商店に卸して販売しても、なかなかそのこだわりが評価されない。そこで、食べる人に直接届けようと、現在のようにお店で直接販売するスタイルを始めた。現在、紀さんと勇さんの親子で分担してとうふを製造しているが、紀さんから見てもお父さんは「まさに昔ながらの頑固な職人」だという。
湧水亭のとうふを買うことができるのは、このお店だけ。ここのとうふが食べたい、と何度も訪れる人も多い。創業当初からのお客さんももちろんいる。それに加えて、25年以上営業を続けて、最近は常連のお客さんのお子さんやお孫さんが、一緒に来たり、親へのおみやげを買いに来たりという光景もよく見られるようになった。
頑固どうふの他に、「おめでとうふ」「ありがとうふ」などどいうユニークな名前のとうふから、普段の味噌汁などに合う木綿とうふ、絹ごしとうふまで、味わいの違うとうふが店頭に並ぶ。店員さんに声をかけると、細かな味の違いや、おすすめの食べ方などを丁寧に教えてくれる。
敷地に入ってすぐの場所に、小さな鳥居がある。湧水亭の特徴のひとつだ。鳥居の奥には井戸とお堂があり、お堂は水の神様である龍神様を祀っている。湧水亭のとうふは、この井戸と、工場のすぐそばにあるもう一か所の井戸から汲み上げられる井戸水で作られている。
「とうふ作りは、とにかく水を大量に使いますから、井戸水がなければどうにもなりません。この場所に工場を作る時に、掘ったらたまたま水が出て、しかも2つも井戸を確保できたのは、非常に幸運でした。」 と小川さんは話す。水への感謝、そして今後も水に恵まれるようにと、井戸のそばに龍神様を祀った 。
とうふ製造に使う以上に水の量に余裕があるので、一般の方にも水を開放している。口コミで人気が広がって、水を求めて容器を持って訪れる人も多い。
「とうふ作りに一番重要なのは水だと思いますね。同じ豆、同じにがり、同じ機械を使っても、水が違えば違うとうふができます。いろいろなとうふ屋さんで水を飲み比べてみましたが、ここの水は少し硬めの水です。この水だから、ここだけの味になるということは間違いないと思います。」
湧水亭の社長である小川さんは、小学生のころから家業のとうふ作りを手伝っていた。
「手伝いは本当に嫌でしたね。大っ嫌い。小学生の頃から、日曜日に遊んだ記憶がないんです。最近は、時代柄で働き方が変わってきていますけど、昔はとうふ屋といえば、本当に休みなしが当たり前だったんですよね。大学進学で一度は家を離れましたけど、その間の日曜や祝日も、実家では働いているんだと思うと、なにかそわそわするというか、そういう気持ちでした。」と話す小川さん。
嫌だったのに、家業を継ぐ気になったのはなぜだろうか。
「それはやっぱりお客様のおかげですかね。ここのとうふでなきゃダメだというお客さんがいっぱいいて下さって、継がないのはもったいない。そういう思いが、子どもの頃からありました。大学も、家業を継ぐ前提で、商学部を選びました。」
大学卒業後、山形にある老舗のお麩屋さんで修行した小川さん。湧水亭が末永く続くよう、100年以上続く老舗の仕事から学んだ。地域に溶け込んで仕事をしている老舗にならって、現在、小川さんも商工会などでの地域活動に積極的に取り組んでいる。
こだわりの職人、というと、なんとなく無口なイメージで、インタビューも大変かと思っていたが、小川さんはやわらかな口調で、とても話しやすい。でも、本人としては、話すのはあまり得意ではないのだそうだ。
「本当は人見知りで、家でプラモデル作るのが趣味なんですよ。でも、この仕事をしていれば、人と話さずにはいられない。ようやく話せるようになってきました。都会と違って、田舎で人が少ないからこそ、逆に人と話をするのが楽しくなるのかもしれませんね。父は雰囲気的にもまさに職人、という感じですが、私はそうでもありませんよ。もちろんこだわって作っていますが、時代に合わせて変わっていく。父もそれでいいと言っています。」
今の小川さんの優しい雰囲気は、湧水亭のとうふを愛する地元の人、または遠くから訪れる人々によって、自然に形作られたものなのだ。
最後に、今後の展望を伺った。
「ここでしかできない、ここの水でしかできない商品を作り続けます。いつになるかはわかりませんが、新しいお店も計画中なんですよ。これから新しい道路ができて、横浜町は素通りされてしまうという危機感を皆が持っています。だからこそ、湧水亭らしい、立ち寄って休憩ができる場所を作っていきたいという思いがありますね。」
下北半島の玄関にあって、おいしいとうふ、おいしいドーナツで人々をもてなす湧水亭。新しい時代の職人である小川さんの手から作りだされる作品に会いに、ぜひ立ち寄ってほしい。