下北人SHIMOKITA-BITO

大間のふるさとの味

扉を開けると、感じるパンの香り。自分のお気に入りが並んでいるか探して、見つけた時の安堵感。ほおばって感じる幸福感。特に、慣れ親しんだ地元のパン屋さんで、出来立てのパンが味わえるというのは、他に代えがたい幸せ。大間町の宮野製パンは、まさにそんな幸せが感じられる、地域に根付いたパン屋さんである。

宮野製パンの商品で、特に有名なのがクリームパン。2009年に雑誌の特集で、全国のクリームパンで3本の指に入ると紹介された。もちろん、10年経った今でも人気商品。外側にまぶされたココナツフレークが香ばしく、しっとりした生地の中には、とろりとした自家製クリームがたっぷりと入っている。

それに、地元で根強い人気があるのがアンドーナツ。大間では「あぶらパン」と呼ぶ。
あぶらパンは、大間の漁師のソウルフードだ。昔の大間の漁師は、夜も明けきらないうちから昆布を獲りに出かけた。陸に戻り、昆布を干す作業を終えて、食べるのがあぶらパン。揚げ物だから、疲れた漁師の体にすぐにエネルギーが補給できる。昔は、甘ければ甘いほど売れたが、現在は時代に合わせてマイルドな甘さに変わった。それでも大間の人々に愛され続ける味だ。

甘いパンの他にも、食べ応えのある惣菜パン、ケーキや和菓子など、さまざまな商品が並ぶ。
この宮野製パンを切り盛りするのが、宮野成厚さんだ。
「おすすめは何ですか、とよく聞かれるんだけど、どれも全部めんこいんですよ」と宮野さんは話す。

自然体で進む、頼れるパン屋

宮野成厚さんは3代目で、初代は昭和初期に大間町奥戸(おこっぺ)地区で菓子店を開業した。成厚さんも奥戸で生まれ、その後、店は現在の大間地区に移転した。

「自分は三人兄弟の末っ子なんですよ。だから、家業を継がなければ、というのは本来は考えないはずなんですけど、意識のどこかにあったみたいで、高校も商業高校を自然と選んで、自然と今の道に進みました。」と話す宮野さん。休みの日も、思わず仕込みに店に来てしまうような、仕事熱心なタイプ。今回の取材中も、インタビューを受けながらも作業の手が止まらない。ちょうど注文が入った人気商品「マグロブッセ」の製造に大忙しだった。

そんな宮野さんは、趣味はボランティアだと語るほど、地域活動にも熱心だ。大間町消防団では副団長を務めている。地域活性化の活動にも熱心だ。観光客へのおもてなしや、イベントなどにも積極的に協力する。とはいえ、気負って地域活動を行っているわけではなく、あくまで楽しんで、自然体でやっているという。

町おこし団体「あおぞら組」の菊池良一組長は、「ナリさん(成厚さん)が、こっちの無茶ぶりも受け止めてくれるから、本当にありがたいですよ」
と、宮野さんを頼りにしている。

大間と言えばマグロ、パン屋とマグロ?

地域活性化の取り組みの中で、生まれたヒット商品もある。
その一つが、「マグロバーガー」。マグロのパテを、宮野製パンの柔らかなパンで挟んだ、イベントなどでしか売り出さない限定品だ。新幹線が八戸まで延伸されるにあたって、わざわざ大間まで来てくれるお客さまへのおもてなしのひとつとして考え出した。大間といえば、やっぱりマグロ。大間で行うイベントで販売するほか、函館や東京での催事でも販売することがあり、売り切れ必至の人気商品である。

マグロに関わるもう一つのヒット商品が、「マグロブッセ」だ。といっても、これはマグロの身が入っているわけではない。宮野さんにヒットまでのエピソードを伺った。
「町おこしで、みんなで考えてマグロ菓子を開発しよう、っていう企画があったんです。これがまあ、大失敗。マグロの身を入れてみたり、いろいろしたんですけど、生臭くなってしまってね。自分も失敗の責任を感じましたよ。

そこで、マグロそのものでなく、魚に由来するDHAを入れたお菓子ならどうか、と開発しました。パッケージも、デザイナーが良いものを作ってくれたので、おかげさまで続いています。」
失敗を乗り越えて、大間を代表するおみやげになった。

大間と言えばマグロ、パン屋がマグロ解体ショー?

もう一つ、宮野さんは大間で重要な顔を持っている。それは、「マグロ解体ショーの司会者」という顔だ。大間では、秋には毎週末、イベントでマグロの解体ショーを行っている。その司会者が宮野さんだ。マグロを解体する職人の隣でマイクを握り、マグロの説明、大間漁師の物語、お客さんとのかけあいなど、軽妙なトークで場を盛り上げる。司会者歴20年以上にもなるベテランなのだ。

大間でマグロ解体ショーのイベントを始めた当初、職人は黙々と魚をさばき、観客も黙って観ていた。でもこれでは面白くない。宮野さんは漁師ではないので、マグロについての知識は皆無だった。飲み会の席などで、知り合いの漁師やマグロに詳しい人の話に聞き耳を立てて、知識を習得して、ショーの盛り上げ役を買って出るようになった。

「最初の頃は結構悩みました。ショーの度に毎回同じ話でもいいのかな、っていうのも悩みましたね。でも、初めて見るお客さんが多いわけだし、何回も来るお客さんは、逆にこの後どうなるかを知っているという状況を楽しんでいるんですよ。場数を踏んでいくうちに、なんとかできるようになりました。」と話す宮野さん。といっても、あくまでマイクが専門であって、マグロの解体はできない。よく勘違いされて困ってしまうという。

本業のパン屋から、ショーの司会者まで幅広く活躍する宮野さん。インタビューの最後に締めの一言をお願いした。
「ジャムおじさんがんばります!でどうだ。ジャムおじさんみたいだって、保育園の女の子に言われたんだよ。」
ジャムおじさんは、言わずと知れた、アンパンマンに出てくるパン職人。確かに、柔和な笑顔が印象的なパン屋の宮野さんは、ジャムおじさんにそっくりに思えてくる。地元の人たちに頼りにされているところも共通点だ。
大間の「ジャムおじさん」は、本州最北で、みんなの笑顔の源を作り続けている。

※2024年追記
 宮野製パン様は閉店されました。

Text : 園山和徳  Photograph :ササキデザイン 佐々木信宏

宮野甘盛堂


所在地
〒039-4601 青森県下北郡大間町大間大間86
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電話番号
0175-37-2718