2024-2-9

大間で癒やしの寺泊を

小田切 孝太郞 rakraライター 平川市在住プロフィール

 年齢を重ねて寺に興味が湧いてきた。あの凛とした空気の中で坐禅を組み、精進料理を味わったら邪念にまみれた私の心も洗われるのでは…と日々空想している。特に気になるのが宿坊体験。本来の宿坊は僧侶や参拝者が泊まる施設を指すが、近年は一般人が体験的に宿泊できる寺が増えている。とは言ってもいきなり寺に泊まるのはハードルが高い。そんな折に見つけた「ゆる坊」というワード。調べると大間町の「おおま宿坊 普賢院」という寺が出処で、坐禅などの体験はもちろん、大間マグロを肴にお坊さんと酒まで飲めるゆるい宿坊らしい。これなら観光気分で仏道に触れられるかも。

元々は荒れ果てていた寺院だったが、宿坊を始めるにあたって整備した普賢院本殿。

 大間町は本州最北端、言わずとしれたマグロで有名な地。普賢院は名所の大間崎から車で10分程の人里から離れた場所にある。「大間までようこそお越しくださいました」と出迎えてくれたのが院代の菊池雄大さん。ほがらかで優しそうで、お香の甘い香りを纏った素敵なお坊さんだ。
 チェックインしたら先ず滞在中のプランを立てる。写経や坐禅といった寺の定番体験メニューのほか、オリジナル御朱印帳づくりなどプランは満載。チェックアウトまでは菊池さんを貸し切れるので、相談にのってもらったり、観光案内をしてもらうこともできるほど自由度が高い。到着日は天候が冴えなかったので、翌日に屋外坐禅体験を組み込むことにした。

オリジナル御朱印帳づくりでは、数百種類の中から表紙用にお気に入りの和紙を選ぶ。

 夕食までは宿泊場所である佛光庵でしばしのチルタイム。お寺には思えないほど清潔感のあるベッドルームはまるで一流ホテルのよう。ここのサンルームが実に居心地が良くて、境内の様子をお供にサービスのコーヒーを頂くことにした。風の音を感じ、揺れる木々を眺め、豆を挽く。この空間にいると、コーヒーを淹れる一連の動作が禅のように思えてくる。

佛光庵のサンルームは落ち着きがあって、このまま昼寝してしまいそう。

 寺といえば精進料理が一般的だけど、下北ならではのご馳走を提供してくれるのが普賢院のすごいところ。食卓にはすでに華々しい料理がスタンバイしていた。

青森づくしの手の込んだ料理は菊池さんの奥さまが担当。

 大間マグロ刺しは赤身、中トロ、大トロが揃い踏み。おにぎりを包むのは真冬の天候の良い日にしか採ることのできない幻の食材、弁天島の岩のり。ほかにも青森産品で彩られた手の込んだ品々。料理だけでも「大間に来て良かった」と思えるが、ここからが「ゆる坊」の真髄。お坊さんとの酒宴の始まりである(もちろん強制ではないので飲まなくてもOK)。菊池さんが入道したきっかけ、あの有名プロ野球選手と甲子園を目指した高校時代、趣味のアウトドアの話……。話題の引き出しが多くて魅力的なエピソードに聞き入ってしまう。それでいて相談を投げかけると、仏道と本人の見解を交えて説いてくれる。過去には朝までお客と語り合ったことも。「悩みの根本にたどり着くには長い時間を共有することが大切。人と向き合うというのが宿坊を立ち上げた理由のひとつです」。私も朝までとはいかないが、その人柄に甘えながら大間の夜は更けていった。

食事中は菊池さんと談笑。お坊さんと普通に話せるというのは中々ない体験だ。

 境内で飼われている軍鶏が目覚ましになって、前夜の余韻を引きずることなく起床し、朝飯前の屋外坐禅。

初めての坐禅。只管打坐、ただひたすらに座ることに集中するのも意外と難しい。

お好みの場所に座っていいとのことだったので、手入れの行き届いた境内を一望できる丘の上の東屋をチョイスして足を組む。風の強い日が多い大間では珍しく穏やかな朝の空気が清々しい。体験時間は説明を含めて40分。古来は線香が燃え尽きるまでを坐禅の時間の目安としていたこと、曹洞宗では屋外坐禅が本来の姿で「广」のない「坐」を用いていることなど、終わる頃には心の爽快感だけでなく知識が増えているのが嬉しい。

朝食の「おむすび御膳」。チェックアウトが早い場合はテイクアウト用に包んでくれる。

 出会いの縁を結ぶ思いを込めた「おむすび御膳」を食べ終え、昨夜の話の続きに花を咲かせていると、あっという間にチェックアウトの時間を迎えていた。本当は写経にも興味があったし、境内をのんびり散策もしてみたかった。次こそは体験を!と思ったけども、次に来るときも話に夢中になってしまいそうな気がする。心をほぐして時を忘れさせてくれる、この体験は泊まるから味わえる寺の癒やしだ。

宿坊とは別に低価格で泊まれるゲストハウス「自休庵」もある。

― 補足情報 ―
■おおま宿坊 普賢院
下北郡大間町大間内山48-137
TEL/0175-37-4649
料金等詳細についてはHPまで
https://www.ooma-fugenin.jp/shukubou

\ この記事の著者 /

小田切 孝太郞

rakraライター

平川市在住

青森県平川市生まれ。地元出版社で編集者として働く傍ら、業務の一部としてrakraの記事を書き始め、令和3年からフリーに。rakraライター歴は10年以上になるが、普通の記事はあまり書かせてもらえず、本誌企画の「乗りノリで行こう!」ではコスプレをさせられ、特集ページでは春の冷たい十和田湖に入れられたりと、身体をはった体験記が多い。趣味は日本を縦断するスーパーロングドライブ。