下北人SHIMOKITA-BITO

大間マグロ一本釣り漁師の素顔

「大間マグロ」
聞いただけで口の中に唾液が出てくる人もいるかもしれない。
大間町で水揚げされるクロマグロは、黒いダイヤとも称されるトップブランドだ。
2013年の1月には、築地市場で一匹1億5540万円という途方もない値段で競り落とされたこともあった。それほどまでに、脂の乗っておいしい「大間マグロ」の価値は認められている。
大間町では、150人の漁師がマグロ漁に出ている。日中に行う一本釣り漁と、夜間に行う延縄漁の2種類の漁法がある。マグロ一本釣りで大物を狙う漁師の一人が、小鷹将人さんだ。

「マグロ漁師といっても、いろいろな人がいる。大儲けしている人と、もうからない人と、差が激しいんだ。俺は下のほうだからな」と笑う小鷹さん。一般の人が抱く、漁師の豪快なイメージと異なり、どこか謙虚で、柔らかなお人柄。
マグロの漁期は、7月下旬から1月ごろまで。
期間中は、よほど悪天候でなければ毎日でも漁に出かける。冠婚葬祭などでやむを得ず休むこともあるが、できるだけ漁に出たいというのが本音だ。

朝は7時ごろ出港。マグロを探し、見つけたら餌を投げ入れて、マグロとの勝負。夕方にマグロ漁を終えると、今度は明日のためにマグロの餌を調達しなければならない。場所を変えて、餌にするためにイカを獲る。季節によってサバなど他の魚も獲る。マグロを狙う餌は全て生き餌だ。餌のための漁を終えて、帰港するのは23時ごろ。翌朝にはまたマグロ漁だ。

マグロを見つける力、釣る力

小鷹さんは高校卒業後、上京し、車関係や宝飾関係など、“魚”とは縁遠い仕事に就いた。
しかし、子どもの頃から、漁師になりたいという夢を捨てたわけではなかった。父親が漁師をしており、一時期獲れなくなったマグロが再び獲れ始めたという話を聞いて、Uターンを決意。2000年にここ大間に戻ってきた。
最初は父親と一緒に漁に出て学んだ。3年後、船を譲り受け、独り立ち。それから15年間は、弟が手伝いに来ることもあるが、基本は一人で一本釣り漁に出かける。

「自分で探して、自分で獲る、というのがこだわり。マグロを見つけることに関しては、自信がある」と小鷹さんは語る。
大間の一本釣り漁は、ソナーと呼ばれる魚群探知機を使ってマグロを探し、群れの先頭をめがけて餌を落として、釣りあげるというやり方だ。マグロの群れが見つかると、漁船が集まり、一斉に餌を投げ入れてマグロを狙う。多い時には30艘以上の船が集まる。小鷹さんは、他の人が見つけた群れを追うのではなく、自分で見つけた群れで釣りあげたい、と思っている。やはり、同じ漁でも、自分で見つけたマグロを釣り上げるほうが、おもしろい。

「ある時、ソナーの使い方を変えたんだ。そうしたら、マグロを見つけられるようになった。自信をもってマグロを見つけられるようになるまで、10年かかった。でも、見つけたから釣れるっていうもんじゃない。釣り上げるのは、まだまだ自信が持てない。」
18年目、まだまだ勉強中だ。

マグロにとって居心地がよい津軽海峡の『根』

回遊魚であるマグロは、春から初夏にかけて南方で産卵し、暖流に乗って北上してくる。
津軽海峡は、黒潮、対馬海流、千島海流の3つが流れ込み、栄養、プランクトンが豊富で、餌となるイカや魚も豊富だ。だから大間マグロは脂が乗り、うまい。
そして、小鷹さんは、回遊魚であちこちに行くマグロが、ここで獲れる理由をこう語る。

「マグロにとって居心地がいいんだよな。ここの海には『根』がある。根というのは、岩礁があって、海底がでこぼこになっているということ。岩があれば潮の流れが変わるから、マグロにとって泳ぎやすい流れができるんだと思う。」居心地のよい大間で水揚げされるマグロは、どれも大型だ。平均でも100㎏を超える。小鷹さんが水揚げしたマグロで最大のものは、270㎏にもなるという。

ちなみに、270㎏のマグロを釣り上げたときには、記念に何かしましたかと聞くと、意外な答えが。
「別に、ビールが一本増えるくらいのもので、特別な祝勝会みたいなことはないよ。次の日から全然釣れなくなることもあるから、浮かれていられない。」
何と、大物なのに写真すら撮っていないという。驚くほどの堅実でクールだ。

9時間の大格闘 マグロとの闘い

マグロが餌に食いつくと、釣り糸を引いて、伸ばして、引いて、伸ばしてを繰り返す。マグロは止まると窒息してしまう。窒息して弱らせ、最後は電気ショックで気絶させて、傷がつかないように船にあげる。
元気なマグロが食いついた時には、漁師とマグロの格闘は長時間に及ぶこともある。
小鷹さんの最長記録は、なんと9時間!

大間沖で始まった格闘は、いつしか潮とマグロの移動によって30kmほど流され、東通村沖でようやく釣り上げた。電気ショックも4度仕掛けたが、マグロの泳ぐ勢いがありすぎて、なかなか届かなかった。9時間の間、小鷹さんは食事もとらず、マグロと格闘した。
意外なことに、この時釣り上げたのは270㎏のビッグサイズではなく、その半分の100kg台で、スマートな体型のマグロ。

実は、スマートな体型のマグロのほうが泳ぐ力が強く、長期戦になる場合が多いそうだ。同じサイズでも、体長が短く太ったようなマグロが食いつくと、すんなりと獲れる。
ちなみに、270㎏の巨大マグロは、すんなりとあがった。

津軽海峡の荒波とともに生きる漁師たち

小鷹さんが最も大切にしていることは?
「マグロ漁師で一人で漁に行くといっても、横のつながりは大切。結局、一人だけではやっていけない」
海の上では、孤独な闘いであると同時に、助け合いだ。漁は競争ではあるものの、親しくなればアドバイスすることもある。なかなか釣れないときに、情報をもらうこともある。みんな、持ちつ持たれつで、根っこで支え合っている。

そして、海では何が起こるかわからない。船の故障、天候の急な変化、不慮の事故・・・
小鷹さんの父親も、かつて事故により生命の危機にあった。一人で出かけた漁の最中に、海に転落。20分ほど漁具にしがみついて耐えていたが、船が動いているのでどうにもならない。防水の携帯電話を所持していたことに気づき、自分で救難を要請して、近くの船に助けられた。何とか事なきを得たが、漁は常に命がけだ。

今後のマグロ漁はどうなっていくか、とお聞きすると、
「宝くじに当たったみたいに大儲けする人も出てくると思うけど、俺は大きくやれるわけじゃないから、地道にやる」と、小鷹さんはやはり謙虚に答えた。
最後に小鷹さんの手を撮影させていただいた。漁師だからごつごつとした力強い手と思いきや、柔らかく優しそうな手。ここにも小鷹さんの人柄を感じた。
小鷹さんは今年も、最高の大間マグロを、釣り上げる。

Text : 園山和徳  Photograph :ササキデザイン 佐々木信宏