下北人SHIMOKITA-BITO

風間浦限定、鮟鱇のフルコース

下北を代表する冬の味覚が、鮟鱇(あんこう)だ。特に風間浦村で活きたまま水揚げされる「風間浦鮟鱇」は、鮮度が抜群。鮟鱇が刺身で食べられるというのは、非常に珍しい。鮟鱇が水揚げされる漁港近くの下風呂温泉郷では、鮟鱇の旬(12月~3月)の時期になると、鮟鱇のフルコースが提供され、多くの鮟鱇ファンが舌鼓を打つ。
2月にはイベント「風間浦鮟鱇感謝祭」が行われ、提供される鮟鱇鍋は、毎年あっという間に完売してしまう。風間浦鮟鱇の人気は凄まじい。

風間浦鮟鱇が旨いわけ

風間浦村蛇浦漁港で鮟鱇漁に取り組んでいるのが、木下清さん。
「風間浦の鮟鱇のおいしさの秘訣は、まずは前沖で獲れること。うちの場合は沖合3kmのところで網を仕掛けて獲ってきて、活きたまま水揚げする。 他の地域だと底曳き網で引きずられているうちに死んでしまったりする。鮮度が比べ物にならない。」 と清さん。

風間浦付近の海底は急な傾斜があり、港を出て2~3km程の水深はすでに70~80mになっている。鮟鱇を獲るには最適の地形なのだ。
下北の冬は風がとても強く、海が荒れて漁に出られない日も多い。数少ない凪を狙って海に繰り出し、鮟鱇を獲る。極寒の津軽海峡で、極上の鮟鱇が、漁師の努力によってもたらされている。

父の生み出した漁法を受け継ぎ、高みを目指す

風間浦の鮟鱇の漁法は、「刺し網漁」が主流だ。魚の通り道をさえぎるように網を仕掛け、魚を絡ませて獲る漁法である。
鮟鱇の刺し網は、網目が対角線20㎝ほどで、漁網の網目としてはとても大きい。網を仕掛けて、翌々日には水揚げするため、新鮮な鮟鱇を水揚げできる。
この漁法が始まったのは30年ほど前。実は、清さんの父、尚さんが始めた。最初はヒラメ用の網を使い、改良して現在の形にたどり着いたという。

漁師の息子として生まれた清さんは、小学生時代から父親の漁の手伝いをしていた。高校卒業後、一度上京したが、すぐに戻ってきて漁師になった。小学生時代からやっているので、30代にしてすでにベテランだ。
「鮟鱇を獲る時には、とにかく鮮度を落とさないように、すばやく網から外していけすに入れることが大事。丁寧に扱わないと。漁師は魚に生活させてもらっているんだから、粗末にできない。」
清さんは鮟鱇漁が解禁されている11月下旬からは鮟鱇をメインに、それ以外の時期には海藻やウニ、サメなどさまざまな漁に取り組んでいる。鮟鱇以外の魚の扱いも丁寧で、魚の販売業者からも評判だ。

深海魚? イメージと違う鮟鱇の生態

鮟鱇は、「水深数百メートルで暮らす深海魚」というイメージがある。毎日のように魚を扱う漁師たちですら、かつてはそう思っていた。
ところが、鮟鱇にもいくつか種類がある中で、風間浦村で獲れるキアンコウは実は深海魚ではなく、比較的浅い場所で生活している。これが明らかになったのはつい最近のことだ。
「昔はみんな、深海にいるから深いところに網を建てればいい、産卵の時には上がってくるから浅いところに網を建てればいい、って考えだった。実際の動きは、研究所の調査を聞いて勉強してみたら違った。漁師だけど、びっくりした」と清さん。

鮟鱇は、その巨大な口で、近づいたものを何でも食べてしまう。胃袋の中から大きな魚が出てくることはザラにあるが、時には海鳥が出てくることもあるという。確かに、深海魚のイメージと、海面まで来て海鳥を食べてしまう実態は真逆だ。
鮟鱇の生態はまだまだ謎が多く、研究が進められている。鮟鱇がどのように移動するのか、一度漁獲された鮟鱇にタグをつけて放流する取り組みも行われている。しかし、全部が再漁獲されるわけではなく、鮟鱇研究は一筋縄ではいかないようだ。

ちなみに、風間浦鮟鱇は必ず胃の内容物を取り除いてから出荷される。鮟鱇の口に手を突っ込んで胃の中身を取り出す作業は壮絶だ(写真)。鮟鱇の歯は鋭いので、噛みつかれないように鉄の筒を差し込んでから手を入れる。この日も、鮟鱇の体内から次々と魚が出てきた。

各家庭に伝わる 郷土の鮟鱇の味

鮟鱇は捨てるところがなく、肝やエラ、ヒレなどもすべて食べることができる。
特に鮮度抜群の風間浦鮟鱇は刺身や寿司で食べられるのが特徴だ。といっても、刺身で食べるようになったのは最近のこと。
鮮度の良い鮟鱇だからこその食べ方であり、その鮮度こそが風間浦鮟鱇ブランドなのだ。

伝統的な鮟鱇料理といえば、「とも和え」と「鮟鱇鍋」が双璧。
とくに郷土料理のとも和えは、下北の人にとってはなじみ深い。鮟鱇の身や皮を、あん肝と味噌で和えた料理だ。
各家庭で微妙に味付けが違い、まさにおふくろの味。

「子どもの頃は、鮟鱇のとも和えばっかりテーブルに上がってて、またある!っていつも思っていた」と清さんは回想する。
さらに歴史をさかのぼると、かつては鮟鱇の干物が盛んに作られていたらしい。
現在は生で流通することがブランドにおける強みとなって、干物はほとんど作られていない。清さんは干物の話になると、「作って売るようにしたら面白いかもな」と真剣な目で考えているよう。
風間浦鮟鱇ブランドの新たな価値づくりの取り組みは、まだはじまったばかりだ。

”おいしい” の鮟鱇ライブが原動力

もっと下北の魚をいろんな人にわかってほしい。わかったうえで食べてもらえれば、獲っている漁師にとっても、いいことだ」
そう考える清さんは、消費者との交流イベントなどにも積極的に参加する。下北で行われるイベントはもちろん、東京まで鮟鱇と地酒をもって駆け付け、自ら鮟鱇をさばいて見せることも。
漁師は、魚を獲って出荷するが、どのように食べられ、食べた人がどんな感想を持つか知る機会は少ない。自ら出かけて直接触れ合うことで、たくさんの学びを得ることができる。

また、鮟鱇を食べた人の ”おいしい” と言うリアクションを生で見ることは、何よりの励みになる、という。
「しばらくしたら、消費者に直接伝えることが当たり前になると思う。先取りして変な漁師だって思われるかもしれないけど、面白いから。」と笑って話す清さん。まだまだ新しい取り組みの構想があるらしいが、まだ内緒だとのこと。
行動力にあふれるその手が、風間浦の漁業の未来をつかむ。

Text : 園山和徳  Photograph :ササキデザイン 佐々木信宏

蛇浦漁業協同組合


所在地
〒039-4503 青森県下北郡風間浦村蛇浦蛇浦96
GoogleMAPで見るarrow_forward
電話番号
ゆかい村風間浦鮟鱇ブランド戦略会議
(代表)0175-35-2111