下北人SHIMOKITA-BITO

食のすばらしさを伝え、地域に貢献する

自然によって、また生産者の努力によって生み出された食材の魅力を、最大限に引き出し、食べる人に届ける。それが料理人、シェフの仕事だ。一流のシェフがいるレストランは、ただ食事を提供するだけではなく、食材の持つストーリーを伝え、食べることの素晴らしさを感じさせてくれる。そのような場所があると、その地域の食文化のレベルが大きく上がる。

「地域の食文化の指針になるような場所を作りたい」
そう語るのは、むつ市小川町にあるフレンチ&イタリアンレストラン「アグレアーブル(French & Itarian agréable)」のオーナーシェフ、竹川克範さんだ。
竹川さんによる下北の食材を活かした料理の代表作、「海峡サーモンのミ・キュイ 温野菜ぞえ」をいただいた。ミ・キュイは、フランス語で「半分火が通っている」という意味。絶妙な火加減により、生のなめらかな味わいと焼いた香りの両方が楽しめる料理だ。

「海峡サーモンは、むつ市大畑町で育てられているサーモン。生で食べることができるので、この料理にはとても合っています。海峡サーモンは、生産者さんと10年以上付き合っていますが、非常にクオリティが高いサーモンですね。うちでは、その中でも貴重な5,6㎏クラスのサーモンを使わせてもらっているんです」
そう教えてくれる竹川さん。海峡サーモンに添える野菜は季節によって異なるが、この日の特徴は佐井村のアピオス。このアピオスも、竹川さんが畑に足を運んで、自らの目で確認してから使い始めた野菜だ。やさしい甘みが、海峡サーモンの旨味を引き立てている。一皿の上に、下北の物語がぎゅっと詰まった料理である。

なぜこんな場所に、と思わせるようなレストラン

アグレアーブルでは、ランチにはカジュアルに楽しめるパスタなどのイタリアン、ディナーにはフレンチのコース料理も提供している。
まずお店に入る前に外から眺めると、その外観から洋風でおしゃれだ。一軒家スタイルのレストランというのは、この地域ではとても珍しい。扉を開けて入ると、素敵な暖炉があり、気分を華やかにしてくれる。いい意味で、田舎に似つかわしくないような場所だ。
この建物自体に、竹川さんのこだわりが詰まっている。

「地域にこういうレストランが、建物として存在している、というのが大切だと考えています。安く料理を提供してくれる食堂や、テナントとして間借りしているお店だけではなく、クオリティが高いレストランがある。その存在によって、お客さんにも地域の飲食店にも相乗効果が生まれて、食文化のレベルがあがっていく。それが理想です」

この場所に店を構えた当初は、それまでにないスタイルだったことから、周囲の反対もあったという。銀行でも、このような形態のお店に融資するのは初めてだ、と言われたのだそうだ。
開店から10年以上が経過した今では、すっかり周りからも認められ、竹川さんとしても、思い描いていた食文化が、下北に根付きつつあるのを感じている。

現場からたたき上げの料理人

竹川さんは、東京・丸の内のフレンチレストラン「ミクニ」副料理長、銀座「アズカフェ・ミクニ」料理長を経て、2005年にむつ市に帰郷。アグレアーブルを開店した。華麗な経歴だが、その出発点は意外で、いきなり現場から始まっている。

「中学生のころ、母が開いていた小料理屋を手伝っていたんです。だから料理に興味はあったんですが、高校を卒業して進学したのは、東京にあるツアーコンダクターの専門学校なんですよ。でも、その仕事は理想と違って、挫折してしまいました。それで、生活のために近所のファミリーレストランで働き始めました。
しかも、最初は接客などのサービスを担当してたんです。数年後に、キッチンの担当が足りなくなったということで、料理の仕事をするようになりました。だから、料理の学校で勉強したことはないんです。本当に現場からです」

やむにやまれない事情で進んだ料理の道だったが、竹川さんの性格に合っていたのか、どんどん腕を上げていった。そして25歳の時に、10年後に独立してオーナーシェフになることを決意する。決意したきっかけは、結婚して、将来設計を考えたことだった。
その後、転職してイタリアンのレストランなど数社での業務を経験し、オーナーシェフになるために必要な様々なスキルを身に付けた。どの店でもとんとん拍子に出世して、料理の道に手ごたえを感じていった。
しかし、最後に入った「ミクニ」では、その手ごたえを打ち砕かれてしまったという。

ミクニでの6年間の経験について、竹川さんはこう話してくれた。
「一流の場所で仕事をさせてもらうと、全然違うなと、何をやっても目からうろこが落ちる思いでした。学んだことの中でも一番は、とても根本的な部分で、昨日より今日を良くするという基本的な姿勢ですね。それが今も活きています。情熱がないと何も完成しないんだと感じました」

一流であればこだわりが生まれる。例えば、魚料理を考えてみると、魚を上手にさばいて、おいしく味付けして提供する、というのが料理人の仕事だ。だが、どのようにさばくかという方法以前に、どこからどう魚を仕入れるか、食材と向き合う姿勢、そして出来上がってからの提供、そういった料理の前後の工程まで手を抜かないのが一流の仕事だ。

現在、アグレアーブルで使っている食材には、生産されている畑や漁港に、竹川さん自身が足を運んで確かめてきたものが多い。これも、学んだこだわりの一つだという。
「ただ買ってくるだけでなく、人との関わりがあってこその食材。食材を扱う立場として、その生い立ちを知っているのと知らないのとでは、全然違うと思います。前後がないと、中のクオリティが上がらないっていうのは、学んだ部分ですね。
料理は生産者と消費者のつなぎ役です。情報がないとつなぐことができない。自分の中でその情報をかみ砕いていなければならないと思っています」

作り手の想い、つながる食材

アグレアーブルのメニューには、竹川さん自身が確かめ、納得した食材を使ったものが並んでいる。もちろん、地元の食材をふんだんに使う。

「下北は自然に恵まれているので、天然のものは非常に良いものが多いです。それは季節ごとに使い分けていますね。ただ、育てるという部分は弱いと思います。
そんな中で、海峡サーモンは、大畑町の濱田さんが、長年苦労された甲斐があって、今は非常にクオリティが高いものを作られています。絶大な信頼がある食材ですね。水揚げしたその日に持ってきてもらえるという鮮度ももちろん強みです。
その他にも、横浜町で、エサに酒かすを加えて飼育されている、飯田さんの『ほろよい豚』もおすすめです」

竹川さんと話していると、生産者にも、料理人仲間にも、とても広いネットワークがあり、知識が豊富なことに驚かされる。自身はあまり意識してネットワークづくりをしているわけではないという。竹川さんの情熱や人生観、ぶれないスタイルに惹かれて、自然とつながりができているのだろう。

つながりといえば、アグレアーブルで提供しているワインも、つながりを象徴するもののひとつだ。
「東日本大震災を機に、ワインも、作り手が見えるものを置くようになりました。それまでは海外の有名なワインが中心だったんですが、海外まで作り手に会いに行くのは難しい。だから、作り手に会いにいける日本国内のワイン、特に、環境を重視して作っている自然派のワインにしようと。今、店に置いているワインは、どんな人が作っているのかわかる。変な話ですが、どんな家族構成で、子どもが今年生まれたとか、そういうことまでお話しできるようなものばかりです」

カウンターには、普段のスーパーには並ばないようなワインが並んでいて、眺めるだけでも楽しい。そのワインが持つ物語に思いをはせながらグラスを傾ければ、より一層すばらしい食事になるだろう。

物語があるワインの一つに、「ヴァン・ド・ミチノク」というワインがある。東北6県のブドウを使って、野生の酵母を使い、無添加で醸造されたワインだ。毎年、東日本大震災が起こった3月11日の夜に解禁され、全国の飲食店で、震災や復興を思い浮かべながら味わわれている。竹川さんは、このワインの、青森県における取りまとめ役の一人。竹川さん自らが、年に一度、青森県内のスチューベンなどブドウを集め、軽トラックを運転して、山形のワイナリーに運ぶ。2020年も、このワインとともに、多くの人が9年前からの思い出を語り合った。

下北の食の魅力を伝える時に、欠かせないシェフ

竹川さんは、店での仕事以外に、地域でのイベントなどにも積極的に協力している。写真は、2020年2月に薬研温泉郷で開催された1日限りのレストラン「Yagen Camp Kitchen」でのワンシーン。このイベントでは、むつ市大畑漁港の魚を中心に、冬のキャンプ料理をテーマにしたディナーを、竹川さんがふるまった。参加客の中には、とにかく魚の味にうるさい漁師もいたが、その漁師も、うまかった、と思わず口にしていたのが印象的だった。

「薬研のイベントの料理コンセプトが、キャンプということだったんですね。だから、焚火でできるような、火を使った料理を中心にしましたイベントに参加するのは、食文化を作っていくっていうことの、枝は違うけど、延長線上にあるという意識でやっています」
と話す竹川さん。

竹川さんが協力しているイベントは他に、年に数回、下北の大自然の中で開かれるレストランイベント「下北ジオダイニング」などがある。
(下北ジオダイニングを詳しく見る)

このイベントでは、下北が誇る食材を使い、世界のシェフと地元のシェフが連携して、その日限りの特別メニューをふるまう。2020年3月、日本の魅力を深掘りし、世界の共感を得た優良な取り組みとして、ジオダイニングを含む「下北ジオ・ガストロノミー・ツーリズム」が、内閣府から、「クールジャパン・マッチングアワード2019 特別賞」を授与された。シェフとしてかかわってきた竹川さんの果たした役割も大きい。

「ジオダイニングの目的は、下北の良さを野外レストランで味わってもらって、観光資源につなげようというものです。自分としては、携わる飲食店のネットワークが強くなるという面もとても大きいと思います。下北に帰ってきた2005年当時は、飲食店同士の連携というのはほとんどなかったです。それがこのようなイベントを通して協力するような形になってきているのは、大きな変化だと思います」

ジオダイニングで活躍する地元の料理人たちは、年齢的には竹川さんより一回り下の世代が中心で、竹川さんはそれを引っ張る形になっている。ただ、活動的な竹川さんはとても若々しく、あまり年齢を感じさせない。本人としては、もうちょっと年寄り扱いしてくれてもいいのに、と冗談めかして笑う。

下北の食文化は次のステップに

むつ市で、食文化を根付かせたいという理想を持って活動する竹川さん。これまでの仕事の手ごたえはどうかたずねてみた。

基本的に、10年スパンで目標を立てるようにしているんです。もう開店から10年以上経って、思い描いていたより時間はかかってしまっているけど、思い描いた目標の、95%、10年でいえば9.5年くらいのところまで来ていると思います。まだ次の目標をお話できる段階ではないですが、当初の目標まではあと少しです。
お店だけでなくイベントなどの仕事もさせていただいて、個人でやるには仕事量が多く、とても大変なんですが、やる意味も感じています。今後も頑張っていきます」

経営しているのは小さなお店だが、協力してくれる料理人や生産者、地域の人々と手を取り合って、大きな仕事に挑む竹川さん。その手で紡ぎだされる下北の食の物語に、ぜひこれからも注目してほしい。

お店の詳しい情報はこちらから

Text : 園山和徳  Photograph :ササキデザイン 佐々木信宏

アグレアーブル


所在地
〒035-0071 青森県むつ市小川町2-17-1
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電話番号
0175-23-9114
営業時間
平日・土・日・祭日
ランチ 11:30〜14:30(L.O 13:30)
デイナー 17:30~21:30(L.O 21:00)
定休日
火曜日、第1・第3月曜日
※変更になる場合あり