2022-5-19
齢二十三、ほづみ青年の人生には大きな「揺れ」が三つあった。
一つ目は故郷宮城県での大震災。二つ目は津軽三味線の演奏を初めて聞いたときの胸の高鳴り。そして三つ目について今から長々と語る事を許してほしい。
この文は、いわゆるラブレターだ。
さて、本題に移ろう。その揺れとの遭遇は下北に移住する前まで遡る。ピカピカの大学生だった僕は三味線を片手に全国津々浦々をフラフラと放浪していた。とは言うものの、決して学生の本分たる勉学をおざなりにしていたわけではない。勘違いされそうなので弁明しておく。そんな流浪大学生の僕が最終的に漂流した先は、まさかりの形をした不思議な半島、「下北半島」である。学生時代に参加したインターンシップをきっかけにこの地域が持つ得体の知れない力に引き寄せられることになった。ちなみに我々人類はこのような事象を”運命”などと定義したりする。
そんなこんなで下北半島と運命の赤い糸で結ばれてしまった僕は、どういうわけか東通村という村に足を踏み入れることになる。まだ、雪がちらつく嘉月の頃、村を知っていくうちにある場所に案内してもらうことになった。本州最北東端に近いところに位置する「アタカ」と呼ばれる場所だ。どうやらここに地域の誇りと自慢があるらしい。当時あまり興味はなかったが、言われるがまま車の後部座席に乗り込みアタカへと赴いた。僕はいよいよそこで揺れと対峙することになる。
彼等と初めて出会った時、僕は林と海に囲まれた真っ白な大地が脈打ったのを確かに感じた。同時に心臓も跳ねていたと思う。一行は寒空の下、どこか鼓動に似たような力強さと温かさを刻みながら、ゆっくりと僕に歩幅を合わせてきた。
−揺れの正体は「寒立馬」、そう呼ばれているらしい。
その身体は吹き荒れる銀の矢を耐え抜き、雪原を制するのにふさわしい。ひと目見てそう感じた。まさに寒さの中に立つ馬だ。
見た目の迫力もさることながら、太い脚と大きな蹄が奏でる大地のリズムは心地よく、優しい瞳の中に僕は吸い込まれていくのだった。
すっかり気を許し、「随分大人しいじゃないか」とたてがみを撫でながら高慢な態度を取っていたら、おろし立てのジャケットを凄まじい形相で食べられ、ベロンベロンにされてしまった。どうやら心を読み取る特殊能力か第六感でもあるらしい。自業自得だが非常に可愛らしい一面を見ることができて何とも嬉しい気分になった。巷で噂の「ギャップ萌え」というのはこういう事を指すのかも知れぬ。
当たり前だけど僕は馬の事などよく知らないし、馬も多分僕のことはよく知らない。然れども、この愛くるしく、逞しい馬の魅力に引き込まれるまで、それほど長い時間は要らなかった。きっとカップラーメンすら完成しないだろう。
この出会いもきっかけの一つとなり、気づけば僕は下北人になっていた。うまくは言えないが東通村と馬が合ったとも言えよう。これもまた数奇な必然である。
以上、僕が経験した三つ目の揺れになる。長いラブレターの締めに、申し訳程度の観光情報を添えて終わりにしよう。
寒立馬と会えるのは何も冬だけではない。周年放牧されているので雪が溶ければ尻屋崎灯台の周りで草を食む姿を見ることもできる。灯台や広大な自然との共演は圧巻だ。きっと訪れた人々を魅了するだろう。
しかし、僕は敢えて言いたい。「寒さの中に立つ馬を見てほしい」と。
鼓動の息吹を感じ、その命の輝きに心打たれてほしい。是非一度、冬のアタカに訪れてみてはいかがだろうか。
最後に、この文を読んで冬のアタカへの突撃を決意した方がいるかも知れないので注意書きを書いておく。防寒具と長靴をお忘れなく。それと、地元の方やガイドさんの注意はしっかりきくこと。
それでは。
※現在、寒立馬は管理の関係で尻屋崎口バス停近くのゲートの中で過ごしています。
最新情報は、東通村商工観光課(0175-27-2111)までお問い合わせください。
2022-5-31
佐藤 史隆 季刊あおもりのき発行人
東通村尻屋崎の寒立馬。海に面した下北半島東北端の極寒の冬を、吹雪の中でじっと耐える姿は、私たちに勇気を与えてくれます。春になると仔馬が生まれます。親子の様子や、仲間同士でコミュニケーションをとりながら放牧地でゆったりと過ごす様子など、心温まる光景がここにあります。
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