2022-5-31

寒立馬に会いに行こう!

佐藤 史隆 季刊あおもりのき発行人プロフィール

母馬に甘えるこの春に生まれたばかりの仔馬

<今回の深掘りキーワード>
「寒立馬」

東通村尻屋崎の寒立馬。海に面した下北半島東北端の極寒の冬を、吹雪の中でじっと耐える姿は、私たちに勇気を与えてくれます。春になると仔馬が生まれます。親子の様子や、仲間同士でコミュニケーションをとりながら放牧地でゆったりと過ごす様子など、心温まる光景がここにあります。
取材した2022年5月現在、放牧頭数は、親馬11頭、仔馬5頭。現地で見学する際の見どころのいくつかを紹介します。

■平安時代に遡る寒立馬の歴史

まずは寒立馬の歴史を。
寒立馬の祖先は南部馬です。古文書によると、南部馬の歴史は平安時代にまで遡り、下北半島においても、平安時代後期には南部馬が放牧されていたといいます。
藩政時代からは軍用馬育成のため、盛岡藩の政策のもと、下北地方で南部馬を祖とする田名部馬の育成が行われるようになりました。田名部馬は下北半島沿岸で放牧されており、小柄でありながらも持久力に優れたこの馬は、冬の環境が過酷な下北にも適していました。特に尻屋においては、この頃から藩の管理ではなく、集落の人々による田名部馬の管理・放牧が行われていたようです。
軍用馬、そして農耕馬や荷馬として用いられた田名部馬は、藩政時代から昭和にかけての長い年月の中で、外来種と交配されながら大型化が進められてきました。しかし終戦や農業の機械化とともに、田名部馬の需要は減少していきます。

そこで、地元では生業を維持するため、1960年以降フランスのブルトン種との交配を進め、独自の馬を作り上げました。これが現在の寒立馬の姿です。昭和から平成にかけて2度の頭数激減がありましたが、行政や地元の人々の尽力により頭数を増やし、現在に種をつないでいます。

■寒立馬に会いに尻屋崎へ

5月半ば、筆者は寒立馬に会いに行こうと、尻屋崎へと車を走らせました。暑くもなく寒くもなく、風も心地良い下北路でした。

寒立馬は、冬場は尻屋崎のアタカ、そして今年度より春から秋にかけては尻屋崎の内陸部の柵を設けた敷地内で放牧されています。これまでの尻屋崎の放牧地一帯で自由に動き回っていた頃に比べると、放牧面積は大幅に狭くなりましたが、放牧地の奥の林で雨風をしのいでいたり、近くで見られるかどうかは運しだいという面もあります。馬の表情を確実に見るなら、オペラグラスのような簡易な双眼鏡などがあると良いかもしれません。

寒立馬が柵の近くいるかどうかは運しだい!?

寒立馬の出産シーズンは4月から5月にかけて。この時期は、まだ生まれて間もない仔馬が母馬に寄り添ってお乳を飲んだり、甘えたりする姿がなんともほほえましく観察できます。時折やんちゃに走っている姿に、「めんこいなー」と思わず口にするのは、筆者だけではないでしょう。今回の取材では残念ながら見ることができませんでしたが、タイミングが良ければ、母馬に乗っかるようにしてじゃれる仔馬の姿も見られるそうです。

■見学をより楽しく安全に ~寒立馬の気持ちを知るための豆知識~

現在、放牧面積を縮小し、柵の中で放牧を行っているのは、観光客が馬に蹴られてケガをするなどの事故が近年多数発生していたため、事故防止のための管理側の苦渋の決断でした。
寒立馬はおとなしい気性の動物です。だからこそ、これまでは柵なしでの自由放牧が行われ、私たちは寒立馬を間近に見ることができました。しかし鈍感というのではなく、とても神経質な面があります。馬に蹴られるなどの事故の要因は多くの場合、見学者の側にあります。急に馬の後ろに立つと驚いて、身を守るために蹴る習性があります。ペットの犬がいるだけでも、驚いたり嫌がったりして、暴れることもあります。

筆者はここを訪れる前、寒立馬を管理する東通村農林畜産課に、馬の行動から分かる心理状態などをお聞きしていました。村によると、わかりやすく、注目すべきは耳とのこと。危険を察知した時、両耳はピンと立ちます。見学者がいても、無関心に草を食んでいるように見えますが、耳を見てみてください。きっとピンと立ったままのはずです。実は警戒しているのです。特に、仔馬を守ろうとする母馬はそれが顕著です。
さらには、耳が後ろにピタッと伏せてしまっているのであれば、それは怒っている状態で、かなり危険です。

寒立馬の親子。母馬の耳がピンと立っています

これに対して、本当にリラックスしている時、耳はやや寝た状態(力が抜けたような状態)になります。ちなみに、寒立馬は撮影されることには慣れていて、カメラを向けても逃げたり、おびえたりはしないのだそうです。ただし、音に敏感なため、大声で呼びかけたり、大きく手を振り上げる動作は完全NG。こちらが手を振って親しみを込めているつもりでも、馬にとっては何かされるのではないかと警戒してしまいます。

筆者は、耳が寝た状態も見たかったので、写真撮影をしながら柵の前で静かに眺めていました。1時間くらい経つと、何となくですが、馬たちの耳が、最初の頃よりは下がってきたような……。

と、その時、遠くで馬の嘶(いなな)きが響きました。
筆者の目の前にいた馬たちは、パッと顔を上げて、嘶きが聞こえた北の方を見ています。もちろん耳はピーンと立っています。そわそわと落ち着きがありません。
するとやがて、向こうから数頭の馬たちがこちらに向かって駆けてきました。どうやら2つの群れの合流シーンのようです。向こうから先頭を駆けているのが、リーダー格の馬のようです。
群れには必ずリーダーがいます。リーダーが動くと群れも動きます。群れはリーダーの命令に従います。見学の際は、リーダーがどの馬か、探してみるのも良いでしょう。

気持ち良さそうに駆ける寒立馬
2つの群れが合流

ほかにも村からお聞きした注目ポイントをいくつか紹介します。

《荒い鼻息・首の上げ下げ》
鼻息が荒かったり、首を激しく振っている時は機嫌の悪い時。いかにも機嫌が悪そうに見えるので、すぐわかるそうです。

《グルーミング》
馬が互いに首を寄せ合い、相手の体に口を近づけているのがグルーミング(毛繕い)。よく見ると口元の柔らかいところで、やさしく相手を噛んでいます。グルーミングには、ダニなどを取る、毛の束をほぐす、古い皮膚をはがして血行を良くするといった効果があるといわれ、その様子からは、馬の親密度もわかります。

この2頭は仲良し。ずっと並んで草を食んでいました

《ひっくり返ってゴロゴロ》
出会えたら超ラッキーというレアなシーン。背中がかゆい時にひっくり返って、背中を地面にゴロゴロと当てて掻いているんだそうです。

なかなかお目にかかれないシーンです(2021年撮影)
写真/下北地域県民局

■最後に

野牛川レストハウス。尻屋崎との距離は約10㎞、車で10分ほど

取材の合間に、野牛川レストハウスに立ち寄りました。場所は、東通村役場やむつ市方面から尻屋地区へ向かう途中にあります。(尻屋地区から約10㎞)
ここでは東通牛や、岩のりなどの海産物がおすすめ。地元産ブルーベリーを使ったほどよい酸味と甘さでおいしいソフトクリームも人気です。商品の種類は多くなくとも、いずれも逸品揃い。 食通も唸りそうな名産直施設です。
岩のりを買いました、と次回このコーナーを担当する『青森の暮らし』の下池康一編集長に伝えたところ、フライパンで炒って、塩をちょっと振りかけて食べるのもおすすめと教えてくださいました。早速、これを肴にむつ市の関乃井酒造の日本酒「寒立馬」を一献。あー、旨い! 寒立馬たちの姿を思い浮かべながら、心地よく酔いました。

尻屋での岩のり収穫の様子。凍てつく寒さの中で行われている。(2022年3月初旬撮影)
尻屋産岩のりは野牛川レストハウスのほか、主に道の駅よこはまで販売
尻屋産岩のりを日本酒「寒立馬」と共に

\ この記事の著者 /

佐藤 史隆

季刊あおもりのき発行人

1972年青森市生まれ。青森高校、東海大学文学部卒業。帰郷後、地域誌「あおもり草子」編集部へ。2019年冬「ものの芽舎」創業。2020年12月あおもり草子後継誌として「季刊あおもりのき」を創刊。NPO法人三内丸山縄文発信の会(遠藤勝裕理事長)の事務局としても活動。2022年4月には、青森県の馬に関する歴史・民俗・産業などのあらゆる事象を研究するあおもり馬事文化研究会(笹谷玄会長)を立ち上げた。ちなみに佐藤家のお墓はむつ市川内にあり、毎年家族で墓参りをしている。

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