2022-10-31

下北の郷土料理

佐藤 史隆 季刊あおもりのき発行人プロフィール

むつ市川内町で「けいらん」を作る。

<今回の深掘りキーワード>
「郷土料理」

下北半島はむつ湾、津軽海峡、太平洋に面したそれぞれの地域で、また山地、平地で手に入る食材が異なり、まさに食材の宝庫といえます。
また、厳しい自然条件を背景に、イモ料理や餅料理、魚介料理など、下北独特の郷土料理が生み出されてきました。なかには今ではとても珍しくなってしまった料理や、想像以上のおいしさに思わず舌鼓を打ってしまうような料理があります。
その中から今回は、「みそ貝焼き」「べこもち」「けいらん」を紹介します。

■それぞれの地域で具材が異なる「みそ貝焼き」

今回の下北自慢エッセイで坂本さんが紹介してくださった「みそ貝焼き」は、下北を代表する郷土料理の一つです。
下北半島のみそ貝焼きの始まりは、江戸時代に漁師がホタテ貝を鍋代わりにして、魚の切り身などを入れ、自家製の味噌を溶き煮て食べていたことからと伝わっています。5、60年前までは病人などの栄養食として食べられたものでした。それが、玉子を手に入れやすくなってから一般家庭で普通に食べられるようになったのだそうです。
さらに、みそ貝焼きの主な具ですが、山地域は山菜と野菜、里地域は豆腐や肉、塩辛、海地域は魚介類とそれぞれ違いがあるといいます。身の回りでとれた食材が使われているのです。

むつ商工会議所では、20年ほど前から冬の下北半島「食の祭典」を開催してきました。このときにむつ市のご当地グルメとして提供したのがみそ貝焼きでした。毎回このみそ貝焼きは好評で、市内にはこの料理を提供している同会議所の会員店が、何と約30店舗もあるというのですからびっくりです。「みそ貝焼きストラップ」も作り、これもまた好評だそうです。

その提供店のひとつ、「元祖みそ貝焼き」の看板を掲げる食事処「なか川」で、みそ貝焼きを食べてみました。創業50年近くで、地元のむつ市民、旅行客に関わらず、食事どきは多くの人で賑わう人気店です。

むつ市内にある食事処「なか川」

「食堂として初めて提供したというので元祖となっています」と話すのは、二代目店主の中川泰輔さん。
大きなホタテ貝には、ホタテに牡蠣、小エビ、フキ、ワラビ、豆腐、白身魚、ネギ、ワカメ、玉子が入っています。いつもなら地元産のマツモという海藻も使われているのですが、切らしているということでした。味噌は当初から知人の手作り味噌を使用。

固形燃料で温めながら運んでくれる。

固形燃料で焼いて、煮えてきたところで具材をかき混ぜながら食べます。かき混ぜる度に煮干し出汁と具材から出る出汁、それと貝から染み出す出汁が合わさって、どんどんおいしさが増していくのです。手作り味噌の味もこの店ならではのもので、ご飯が進みます。

手作り味噌が自慢の「みそ貝焼き定食」(1,200円)。
かき混ぜながら食べると、どんどんおいしさが増す。

「郷土料理を食べたいという旅行客も多く訪れますので、思い出の味になってくれたら嬉しいと思いながら提供しています。楽しそうに食べている姿を見ているだけでも元気になります」と中川さんは笑顔を絶やさず話してくれました。
特にこれからの寒い時期には、体が温まる一品です。

■花模様が美しい「べこもち」

「べこもち」を作る大間町奥戸の笹谷はつゑさん。

青森県内ではかなり知られるようになった下北地方の「べこもち」。前回の深掘り取材記事で少し触れたように、べごもちの原型は江戸時代に北前船によって伝えられたとされています。
その名前の由来は、べこもちの生地の一部に黒砂糖を練り込み、カマボコ状にした姿が牛(べこ)の背に似ているところから、あるいは端午の節句に作られ、子供が牛のように大きくなることを願ったことからそう呼ばれたと伝えられています。

大間町の奥戸(おこっぺ)地区では、毎年6月5日は月遅れの端午の節句で、どこの家でもべこもちをつくり、家の仏壇とお寺の位牌堂に上げる習わしだったそうです。節句の前日は、笹の葉にべこもちを乗せ、「おだいや(宵宮)」といって神棚や玄関などにヨモギと菖蒲(しょうぶ)を束ねて飾り、その晩、風邪をひかないようにということと、魔除けということで風呂へ入れるのだそうです。

このべこもちを作ってくれたのは同地区の「こすもす生活改善グループ」のメンバーたち。混ぜたうるち米粉と餅米粉に少々の熱湯を入れてかき混ぜ、こねていきます。こねた餅を取り分け、それぞれに自然色素を使用して生地にします。どんな模様にするかは作り手の頭の中。生地を重ねていき、最後に白生地で包みカマボコ状にしたところで、1㎝ほどの幅に切っていきます。すると、美しい花模様が金太郎飴のように現れるのです。

それぞれパーツを作って準備をする。
パーツを一つひとつ組み合せていき、最後に束ねる。
束ねた餅を伸ばし形を整え、 約1センチ幅に切ると、美しい花模様が。

「昔は黒砂糖だけを使った、単純な模様だけでしたが、昭和の初め頃に様々な花模様を編み出した人がいて、それを受け継いだ人たちが広めていったんです」と会長の笹谷はつゑさんは話します。
笹谷さんたちの作る模様は主に6~7種類。切ったべこもちを蒸し器で蒸すと、模様が浮き上がってより綺麗に見えます。食べると、モチッとした歯触りが良く、ほんのりとした甘さでいくらでも食べられるのです。

数種類の模様のべこもちを蒸すと出来上がり。

■甘さと塩っぱさが絶妙な「けいらん」

「けいらん」を作る本間千佳子さん。こね鉢でこねた餅で餡を包んでいく。

「今ではけいらんを作っているのは、むつ市で私だけかもしれませんね」と、こね鉢で餅をこねながらむつ市川内町に住む本間千佳子さんは話します。
「けいらん」とは、冷たいすまし汁に、あんこを包んだ熱い餅を入れた川内町地区の郷土料理です。白い餅が鶏の卵に似ていることからそう呼ばれているのですが、大きさも卵そっくり。このけいらんは下北地区だけでなく、野辺地町や十和田市などでも結婚式などの祝い事に作られていますが、同地区のような大きな餅ではなく、しかも汁だけで食べるといったシンプルなものでもありません。

折り板に餅をきれいに並べていく。

けいらんもべこもちと同様、北前船で立ち寄った上方の商人から伝えられたとされていますが、発祥時期ははっきりしていません。祭りや結婚式など「ハレの日」や、客人をもてなす時に出す料理として伝わってきたのですが、本間さんによれば、農作業が終わる晩秋になると、「夜酒盛」と書いて「よざかもり」とか「よじゃかもり」といって、若い女性たちが家に集まってけいらんを作り、若い男性たちを招いて食べさせたものだったといいます。
この夜酒盛は1週間ほど行われ、1杯いくらで売り、それが女性たちの唯一の現金収入になり、また、男性たちは気に入られるよう数を競って食べ、男女の出会いの場でもあったそうです。
「我が家で夜酒盛を見たのは小学生の頃で、それは賑やかなものでしたよ」

年季の入った木のこね鉢に餅粉を入れ、お湯を少しだけ回し入れてからこね始めます。耳たぶほどの柔らかさになった頃を見計らい、ちぎって手の平でこし餡を包み、折り板に並べていきます。包み終わったら蒸し器で蒸して出来上がり。

蒸し器で蒸すと出来上がり。

お椀に2個の餅を入れ、地元のイワシやアジの焼き干しで出汁をとった冷たいすまし汁で食べます。箸で餅を割りながら口に運ぶと、つるりとした餅の感触に餡が熱い。すぐにしょうゆ味の汁をすする。すると、甘さと塩っぱさが口の中で一緒になり、最初はミスマッチのように感じるのですが、それが食べていくほどに不思議と調和していくのです。
本間さんの作るけいらんは、道の駅かわうち湖で4月中旬から11月中旬まで食べることができます。

なめらかな食感と、熱い餡、冷たく塩っぱい汁の「けいらん」。

地域によって具材が異なる「みそ貝焼き」、先人の知恵から生まれた「べこもち」、夜酒盛で賑わった「けいらん」。それぞれに下北の風土が感じられる郷土料理ですが、その由来や背景を知ると、ひと味違ったものに感じられるのではないでしょうか。
下北においでの際は、ぜひ味わってみてください。

\ この記事の著者 /

グラフ青森 青森の暮らし編集部

本誌は1975年の創刊以来、地域に住む人々の生き甲斐や思いを伝えております。将来に残したい文化や歴史、それを守る人々、地域を元気にしたいと活動する人、豊かな自然など、青森ならではの地域に根ざした内容です。
青森を知ることで豊かな青森につながれば、という願いもこめて発行しております。

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坂本 謙二(むつサテライトキャンパス 食育健康講座コーディネーター)(むつ国際交流協会 会長) むつ市在住

三方を海に囲まれ、豊富な海の幸に恵まれた下北半島。観光・ビジネスにかかわらず、美味しいお刺身を目当てにしている方も多いと思いますが、郷土料理でいろんな魚介を楽しめるのが「味噌貝焼き」です。

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